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ビートルズ物語

1 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 15:54:54 ID:???
この物語はフィクションです。人物、団体、その他はすべて架空のものです。

2 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/08(月) 17:10:52 ID:???
1940年、リバプール。午後11時59分。
屈辱に満ち街の悲痛な色で覆われた空に、人類史上最大の英雄を宿命付けられた赤ん坊の雄叫びがこだました。
深夜だというのに、町中の、そして隣の町から、北部のあらゆる町から人々がやって来た。
みすぼらしい納屋の奥で、母親に抱かれながら必死にうごめく生命体を一目見るために。
人々はどよめき、興奮し、嗚咽した。
敗戦国民は勇気と希望を分かち合い、祝杯を上げた。
その生命体の名は、リチャード・スターキー。
最初の産声は、「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」であった。
あまりの難産に母親は、「A hard day's night!」と呟きぶっ倒れた。
リチャードがこの世で初めて耳にした言葉である。

3 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/08(月) 17:30:57 ID:???
リチャードは病気がちな体の弱い赤ん坊であったが、母が医者を呼ぼうとすると首を横に振った。
生まれて初めて発した言葉は、「No, no, no」であった。
この時リチャードは赤ん坊ながらにしてNO NO SONGの構想を練り、30年以上後になってからそれをレコードにした。
医者の代わりに本を読んでくれと言う。
母は愛する息子のために、一日中マザー・グースを読んで聞かせた。
おかげで家計は助かったが、父親は相変わらず飲んだくれの毎日だった。

4 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 17:45:18 ID:???
おもちろくない

5 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/08(月) 17:55:46 ID:???
やがてリチャードは自分でも字が読めるようになると、家中の本を読み漁り、それだけでは飽き足らず、町に繰り出し、本屋や学校の図書室に侵入してありとあらゆる書物を貪り読んだ。
遂に町を食い尽くした時、リチャードは20歳を迎えようとしていた。
しかし欲求は留まるどころか、加速するばかりだ。
立ち読みすれば本屋のオヤジに怒鳴られる。
知らない学校の図書室に入っていけば、生徒に不審がられる。
そういうことを気にするようになった。
リチャードは少しだけ大人になった。
しかしまだ童貞だった。

6 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/08(月) 18:10:47 ID:???
リチャードは決心した。
自分の知らない本を探すためにロンドンに行くことを。
それには金がいる。
そこで、知り合いに頼んでロカビリー・バンドに入れてもらうことにした。
リーダーのロリー・ストームに聞いたら、「一番暇で、本が読めるのはドラムスさ」と言うので早速見よう見真似で練習したら1時間で何とかマスターできたので、ロリーは彼を採用した。
リチャードの加入でハリケーンズのライブは勢いを増し、瞬く間にリバプール一の人気グループとなった。

7 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 18:48:32 ID:5EaKaWl5
しかしその時点ですでに鼻の腫瘍は大きくなってきていたのであった…。

8 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 18:51:40 ID:???
リチャードは手術することになった。

9 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 20:47:02 ID:???
大河ドキュメント「ビトールズ物語」の方はどうなったの

10 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 21:13:14 ID:???
リチャードの手術は執刀ミスにより失敗。リチャード亡くなる。



11 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/08(月) 23:11:56 ID:???
わはハハハ〜あぁ〜おもしれぇ〜

12 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/09(火) 07:07:54 ID:???
リチャードの鼻と、ロンドンから出張中の名医ジョージ・マーティン卿が格闘を始めてから半日が過ぎようとした頃、リチャードのファンだという3人の若者が手術室に乱入した。
「やあリチャード。鼻が元通りになったら、僕たちのグループでドラムを叩いてくれないか!」
またか、と思った。
リバプールいちの人気者は、最近あちこちのグループからお呼びがかかる。
彼らは花束やお菓子やフルーツ、そしてダンボール1箱分の本を持って会いに来たが、どれも読んだことがあるので、リチャードを失望させた。
「君たち、場所をわきまえたまえ。ここは手術室だぞ。」
マーティン卿は、なかなか取れない腫瘍に苛立ちながら、3人の不審者たちに注意を与えた。
「先生、いい方法があるんだよ。」
3人の中で最もズボラそうな青年はそう言うと、ポケットからおもむろにギターの弦を1本取り出し、リチャードの腫瘍に針で穴を開け、弦を糸のように通し、「君たちも手伝え」と、後ろの2人に指示を出した。
「何をしやがる!やめろ!」
リチャードは叫び、マーティン卿は突然の出来事に怒りで毛が逆立ち、すぐに止めに入ろうとしたが、ショックで抜け落ちた毛を拾うためにそれは後回しとなった。
その間に3人の青年は「1、2、3、4!」とカウントするやいなや勢いよく弦を引っ張り上げると、リチャードの“おでき”は「スポッ!」という軽やかな音と共に、一気に取れてしまった。
しばらくの沈黙の後、リチャードは我に返り、自分の鼻にそっと手をやった。
「キレてなーい」
一滴の出血も無く、鼻は元通りになっていた。
1962年、夏も終わりの頃である。

13 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/09(火) 07:47:46 ID:???
リチャードは嬉しさのあまり興奮気味に、弦を鼻に通したその男に尋ねた。「君の名は?」
ズボラだが、その存在感で周りを圧倒していた青年は、「僕はジョージ・ハリスン。ハリスン家は針を寸分の狂いも無く通すという伝統があるんだ。」
このジョークには誰も反応を示さなかったが、リチャードの心には熱いものがこみ上げ、「是非、一緒にやらせてくれ。君たちは命の恩人だ!」とグループ入りを決意した。
続いて部屋の隅で恥ずかしそうにもじもじしていた2人もこちらへやって来て自己紹介をした。
「ポール・マッカートニー。ベースを弾いている。リチャード、君に会えて嬉しいよ。」
「僕はジョン・レノン。よろしく。」
彼らの名は、ビートルズ。イギリス中のオーディションというオーディションに落ち、崖っぷちの真っ只中にいることは、当然リチャードの知る由では無かった。
それまで床に這いつくばっていたマーティン卿はようやく腰を上げ、髪を整えてから4人の前に立った。
「男の友情は結構だが、私は医師としての面子を潰された。君等はとんでもないことをやらかしたんだ。責任をどう取ってくれるのか、聞かせてもらおう。」
リチャードは言った。「マーティン先生、今は医者より音楽の方が名を残せる。僕らのプロデューサーになればいいと思うよ。」
「バカな!冗談も休み休み言え」とは思ったものの、マーティン卿は子供の頃クラシック・ピアノを弾いていた経験が有り、それが最大の趣味でもあった。
「なるほど。勝算はあるのか。」マーティン卿には4人の若僧がとても有名人になれるとは思えなかったが、取りあえず演奏を一度聴いてみることにした。

14 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/09(火) 11:17:49 ID:???
チラシの裏にでも書いとけよ

15 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/09(火) 13:44:43 ID:???
マーティン卿は4人の演奏を聴いてシビれた。
特にリチャードのドラムと声が気に入り、人望も厚い彼をリーダーと決めた。
リチャードが他の3人を鼓舞し、激励しながら演奏をリードした。
おかげでビートルズは生まれ変わった。
リチャードは3人との友情の証として鼻にリングを引っ掛けたが、痛いのですぐに指に付け替えた。
それを見たマーティン卿は彼に「リング」というあだ名を付けた。
が、呼びにくいので「リンゴ」に変えた。
ついでにスターキーも長いので「スター」に縮め、彼はリンゴ・スターとなった。
マーティン卿はさっそく友人であるEMI社長に連絡し、ビートルズのスタジオを用意するように伝えた。
マーティンとビートルズ、そして後から合流したおかまのブライアン・エプスタインは、初のレコーディングの為にロンドンに向けて出発した。

16 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/09(火) 20:23:49 ID:???
自作自演のつまんねえスレ立てんな

17 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/09(火) 22:57:37 ID:???
デビュー曲ラブ・ミー・ドゥは、リンゴのドラムが話題を呼び、いきなりヒットした。
続くプリーズ・プリーズ・ミーは惜しくも2位だったが、リンゴ歌う「ボーイズ」が入ったファースト・アルバムは売れに売れ、遂にチャートのトップに昇り詰め首位を3/4年間独走し、1963年はまさにリンゴ・イヤーとなった。

18 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/10(水) 16:42:24 ID:???
1963暮れに発売したセカンド・アルバム『リンゴかわいい』は、リンゴのヴォーカル曲「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」がイギリス中の注目を浴び、アルバムはまたしても特大ヒットとなった。
また、リンゴの良き理解者でありパートナーでもあるジョージ・ハリスンは自身初のペンによる「心配しないでお母さん」をこのアルバムで発表。リンゴもこの曲を手伝い、世界一有名なスター=ハリスンの名コンビが誕生した。

19 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/10(水) 17:02:19 ID:???
イギリスではナンバー・ワン・グループとなったビートルズも、アメリカではまだ殆ど知られていなかった。
アメリカのマイナー・レーベルが既に『バッキンガム宮殿〜ビートルズとオカン、時々リンゴ』を発売していたが、誰も買わなかった。
ブライアン・エプスタインはアメリカ侵攻の為の強力なシングルが必要だと考え、早急に書き上げる様、ビートルズのメンバーを煽った。
ジョンとポールは尊敬するリンゴの姿にインスパイアされて「リンゴの手を握りたい」を書き上げた。
この曲は1963年の暮れから年明けにかけてアメリカ全土に投下され、遂にナンバー・ワンを勝ちとった。
続いてアメリカでのメジャー・デビュー・アルバム『リンゴに会いたい』も発売され、塩化ビニール産業がアメリカ史上最大の潤いをみせた。
アメリカ国民は、あとはビートルズの到着を待つだけとなった。

20 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/10(水) 17:56:01 ID:???
アメリカに上陸したビートルズはさっそくエド・サリヴァン・ショーに出演し、全米の鼻タレがテレビに釘付けとなった。
アメリカ史上最も犯罪件数の少ない30分間のうち、少なくともリンゴが「レイプしたい(I WANNA BE YOUR MAN)」を歌っている間は誰も死ななかった。
ビートルズに敵はなかった。ビートルズは世界の中心部となった。

21 :ホワイトアルバムさん@自治議論中:2007/01/11(木) 12:05:30 ID:???
キモイ

22 :1 ◆uHoayEKUZY :2007/01/11(木) 15:51:42 ID:???
リンゴとジョージの人気のおかげでビートルズの他の2人も今や大金持ちとなった。
アメリカから凱旋帰国したビートルズは、初の映画製作に取りかかった。
リチャード・レスターはリンゴ主演の映画が撮りたかったので、他の3人は完全に脇役となってしまった。
共演者の女優、パティ・ボイドはリンゴにぞっこんだったが、リンゴには既にモーリンという彼女がいたので、パティのことが好きなジョージにくれてやった。
ジョージは大喜びしたが、パティは初めはジョージを受け入れなかった。
しかしジョージは約50週間パティの後を付け、遂にパティは根を上げた。
その決め手となったのはジョージの自作曲「アイ・ニード・ユー」であった。
後に「レイラ」にかっさらわれるまで、ジョージはパティを約300週間キープした。

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